個展「荒野と茶」

個展が無事開催できました。改めて、展示の場を提供してくださったmusicoオーナーのお二人に御礼もうしあげます。さらに、今回の展示では初めて作品を観にきてくださった方々も多く、ごく近しい人達にやっと作品の雰囲気を伝えられたかなと思っています。お忙しい中、わざわざお足運びいただいた皆様、本当にありがとうございます。

 

『荒野と茶』省察

今回の展示で個展は3回目となり、だいぶ自分の作家としての特性が自覚できるようになってきた。画家としての作風というものはなかなか今でも確立できておらず、またそもそもする気もないのかもしれない、という事も気づいた。その変わりに展示の作り方「展示風」とでもよべばいいのか、そういったものは自分でだんだん分かってきたと思う。それゆえに展示を観ていただきたいという気持ちは強い。


「荒野と茶」というタイトルはDMに記載した文章のタイトルでもある。「荒野」は、もちろんこのあれ荒んだ現実の社会を意味するし「茶」はまさに展示会場となった喫茶店そのもの、そして芸術作品を意味する。今回の展示は完全にカフェmusicoという作品と自身のコラボレーションとして、お店に胸を借りるようなつもりで挑んだ。

展示を構成する作品は過去のものや新作、展示中に制作したものをそれぞれ織り込んだ。自分は過去の作品も決して(古い=良くない)ものだとは感じておらず、むしろ時を変え場所を変え展示を構成するピースとして用いる事ができると考えているし、そうした作品を作らねばならない。故にそれらの作品は製作中まったく個々に作られている事が多く、展示として一つの世界観を紡ぐ際に3つの文章を配置した。実際にそれらがどういった効果を持ったかは、自分には分からないのだが。

 

この展示を観るにあたって最良の時は個人的には開店すぐの朝の時間帯か、閉店前の人気のない夜の時間帯かと思う。特に夜は店内で照明の影が大きな価値を持ち出すため最良の時といえる。普通絵は照度をよくコントロールされた場所で展示するのが良いとされているが、暗がりの中にある美しさを発見する事ができたし絵に店内の調度品の影がくっきりとシルエットで落ちているのはとても重要だった。

絵画や芸術作品はすべてある種虚構の世界であるが、絵の中に入り込んだ影はいったい何なのか。それは絵画の一部のようにもみえるし、確固たる現実世界の物理現象でもある。影が虚構の世界と現実の世界の中間地点として「あちら」側や「こちら」側が互いに浸食するための橋渡しになってくれるのではないか。。

 

作品は常に2種類の人種に向かって投げかけているつもりだ。

1つは芸術に詳しい人間。専門的な教育を受けたような人種。(実際にこうした人種のお目にかかる機会があるかは別として)

もう1つにそうではない人間。自分の父や母のような人種。この2種の人種に投げかける事はある意味、相反し分裂的な行為といえるのかもしれない。自分のバラバラともいえるこれらの作品と展示の方法論はそういった理由からきている。

 

「抵抗しなくてはならない。ゲリラ戦。musicoを基地に。彼らと同じ武器を手にしてはいけない。それでは同じになってしまう。」

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