二藤健人さんの展示・京都

先日、ふと思い立って京都に行ってきた。

京都は愛知からだと意外と近く、交通費もそこまでかからない。

目的は京都で二藤健人さんの展示がやってると友人から聞いたのと、ギャラリー巡りだ。

駅近くのレンタルサイクルで自転車を借りて「これで、京都巡りも楽勝だ。混んでるバスに並ばなくていいぞ」と思ったのだが甘かった。京都の道はどこも狭く、それに反して交通量は多いため、道がとても混んでいて自転車が全然前に進めない。その上、大半の観光客は当然、景色を楽しんで歩いているのかゆっくりだ。まったく自転車は進めない。

しかも中心地ではお目当ての店に着いても「駐輪禁止!」の立て札が嵐のように立っている。。京都は市バス一日500円乗り放題でいくべきだと痛感した。

 

二藤健人さんは以前名古屋のギャラリーMさんの個展でちらっとお会いしただけで、今回がほぼ初対面。アンテナメディアという団体が所有するスペースでの展示だった。

2階の床板をはがして1階と2階吹き抜けの空間に大きなベビーベッドを配したインスタレーションだった。2階からは回転するベッドメリー(赤ん坊をあやす玩具がくるくるまわるアレ)に二藤さんが作ったと思われるゴジラの尻尾、アンパンマン?の顔、月の石、飛行機が備え付けられており、それらが回転するとそのさらに上から水が雨のように降るという仕掛けがあった。展示のタイトルは「傘の内側に降る雨」とあり、二藤さんからの説明によると、傘は自然を切り開いてきた人間社会の文明を意味しており傘を発明する事で人類は自然の雨はしのげるようになったが今度はその文明社会の中で生きるが故の「目にみえない雨」を浴びている、との事だった。ベビーベッドの作品は、そうした傘と雨の関係が国家と人にも言えるのではないかという発想もあって作られたそうだが、国家という枠組みが人類のゆりかごとなり人類という赤子をあやすために様々な夢や幻想がメリーとしてくるくる回っている、それらは決して手の届かない高さでただ回っている、、目にみえない雨を降らせながら、といった内容だった。(作品の解釈に誤差はあるかもしれないが)

実は二藤さんこの度ご結婚されたそうで、作品の発想は実体験からきているものらしい。そうした二藤さんの切実な声が実に見事に芸術作品に昇華されており、深く感動した。感動できる作品との出会いとはそうそうあるものではなく、今回の京都旅行は忘れられない経験となった。

京都らしい場所は一切回らず、翌日帰路についた。

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コメント: 1
  • #1

    tu zobacz (金曜日, 17 11月 2017 21:53)

    nawygrzebywawszy

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